半導体業界における「不文律」が、また一つ書き換えられようとしている。
これまでNVIDIAのAIアクセラレータ製造を一手に引き受けてきたTSMCの独占体制に、明確な亀裂が入る兆候が確認された。最新のサプライチェーン情報によると、NVIDIAは2028年に投入予定の次世代GPUアーキテクチャ「Feynman」の製造において、Intel Foundryを一部採用する方針を固めたことが、DigiTimesによって報じられている。
これは2025年9月にNVIDIAがIntelに対して実施した50億ドル(約7,500億円規模)の戦略的投資と、Trump政権下での米国製造回帰という地政学的圧力が交錯する、極めて政治的かつ技術的な構造転換だ。
「Feynman」アーキテクチャ:TSMCとIntelのハイブリッド製造

2026年現在、主力となる「Rubin」アーキテクチャの後継として、2028年に登場が予定されているのが「Feynman」である。物理学者Richard Feynmanの名を冠したこの次世代チップは、製造プロセスにおいて「チップレット技術」を最大限に活用したハイブリッド構造となる見通しだ。
製造プロセスの役割分担
情報筋によると、NVIDIAは「Feynman」の製造において、以下の明確な役割分担を計画している。
- GPUコンピュート・ダイ(中核):TSMC A16プロセス
演算性能を左右する最も重要なGPUコア部分については、引き続きTSMCが担当する。ここではTSMCの次世代プロセス「A16(1.6nm相当)」が採用される見込みだ。チップ全体の価値の約75%はこのTSMC製ダイが占めるとされ、NVIDIAにとって「性能の妥協」は一切ないことがわかる。 - I/Oダイおよび周辺回路:Intel 18A / 14Aプロセス
一方で、データの入出力を司るI/Oダイや、非コア部分のシリコンについては、Intel Foundryへの委託が行われる。具体的には、2028年時点での歩留まり状況を見極めつつ、Intelの「18A」または次世代の「14A」プロセスが利用される計画だ。
パッケージング技術の転換:CoWoSからEMIBへの多角化
さらに注目すべきは「パッケージング」の多角化である。現在、AIチップの供給不足を招いている最大の要因は、TSMCの先端パッケージング技術「CoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)」のキャパシティ不足にある。
NVIDIAはこのボトルネックを解消するため、Intelの独自パッケージング技術「EMIB(Embedded Multi-die Interconnect Bridge)」を採用する。報道によれば、Feynman世代の最終パッケージング工程の約25%をIntelが担当し、残りの75%をTSMCが継続して行うという配分が検討されている。これにより、TSMC一社への依存リスクを分散しつつ、供給量の総底上げを図る狙いがある。
なぜIntelなのか:3つの構造的要因
NVIDIAのJensen Huang CEOにとって、長年のパートナーであり、圧倒的な製造品質を誇るTSMCからの分散は、技術的なリスクを伴う決断だ。それでもなおIntel採用に踏み切る背景には、3つの不可避な構造的要因が存在する。
1. 地政学的圧力と「米国製」の義務
Digitimesのレポートが指摘するように、Trump政権による「米国製造の義務化(US manufacturing mandates)」と関税政策が強力なドライバーとなっている。
TSMCは台湾企業であり、米中対立の最前線に位置する。万が一の台湾有事における「単一障害点(Single Point of Failure)」となることを避けるため、米政府は主要テック企業に対し、米国内での製造比率を高めるよう強烈な圧力をかけ続けている。NVIDIAによるIntelへの50億ドルの投資や、今回報じられたIntelのオレゴン工場等での製造計画は、こうした政治的要請に対する「回答」として機能する。
2. TSMCのキャパシティ限界と価格交渉力
「TSMCへの一極集中」は、NVIDIA自身にとっても諸刃の剣であった。TSMCは現在、AI市場において事実上の独占状態にあり、製造コストの高騰やライン確保の困難さが顧客企業の足かせとなっている。
「低ボリューム、非コア製品」からIntelへ委託を開始することで、NVIDIAはTSMCに対する価格交渉カードを手に入れることができる。また、TSMCの生産ラインを最も付加価値の高いハイエンド・ダイに集中させることで、全体のスループットを向上させる合理的な判断も働いている。
3. Intel 18A/14Aへの技術的期待
かつて微細化競争で後れを取ったIntelだが、前Pat Gelsinger、そして現Lip-Bu Tan体制下でのファウンドリ事業改革により、技術的な競争力を取り戻しつつある。特に「裏面電源供給(PowerVia)」などの新技術を導入した18Aプロセス、およびそれに続く14Aプロセスは、TSMCの先端ノードに対抗しうるポテンシャルを持つと評価され始めている。NVIDIAがI/Oダイという比較的リスクの低い部分から採用を始めるのは、Intelの製造能力を実地でテストする意味合いも強い。
Appleも参戦:MシリーズでのIntel回帰
驚くべきことに、Intelへの製造委託を検討しているのはNVIDIAだけではない。情報筋によれば、Appleもまた、MacBook向けの「エントリーレベルのMシリーズプロセッサ」において、Intelとの提携を協議しているという。
Appleは2020年にIntel製CPUを捨て、自社設計のAppleシリコン(TSMC製造)へと移行した歴史がある。そのAppleが再びIntelのファブを利用するという事実は、今回の動きが単なるNVIDIAの気まぐれではなく、米国テック業界全体の構造的な「揺り戻し」であることを示唆している。AppleもNVIDIA同様、リスクの低いエントリー製品からIntelの製造能力を試し、TSMC依存度の低減を図る構えだ。
TSMCの勝算:独占禁止法リスクの回避
一見すると、このニュースはTSMCにとってネガティブな「顧客流出」に見えるかもしれない。しかし、業界専門家はこれをTSMCにとっても「戦略的な好機」であると分析している。
- 独占懸念の緩和: AIチップ製造におけるTSMCのシェアはあまりに高く、各国の規制当局から独占禁止法上の監視対象となるリスクが高まっていた。Intelという競合他社に一部のシェア(特に低付加価値な部分)が流れることは、規制圧力をかわすガス抜きとして機能する。
- 高収益体質への純化: TSMCは、NVIDIAのGPUコア部分という「最も技術的難易度が高く、利益率が高い」部分は維持し続ける。パッケージングやI/Oダイといった比較的利益率の低い工程をIntelにオフロードすることで、TSMCは自社のリソースをより先端的な研究開発や高収益案件に集中させることができる。
マルチファウンドリ時代の幕開け
2028年の「Feynman」チップは、単なるAIアクセラレータの新製品という枠を超え、半導体サプライチェーンが「TSMC一強」から「マルチファウンドリ(多角的調達)」へと移行する歴史的な分水嶺となるだろう。
NVIDIAが描く戦略は明確だ。
「コアの性能はTSMCで死守し、サプライチェーンの強靭性と政治的コンプライアンスはIntelで担保する」
というハイブリッド戦略である。
もしIntelが2028年までに14Aプロセスの歩留まりとEMIBパッケージングの信頼性を確立できれば、半導体業界の勢力図は劇的に安定化する。逆に、Intelが再び製造トラブルを起こせば、Nvidiaの戦略は修正を余儀なくされ、AIハードウェアの進化速度そのものにブレーキがかかるリスクも孕んでいる。
これからの2年間、Intelのオレゴンおよびオハイオのファブで何が起きるかが、2030年代のAI覇権を決定づけることになる。
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