Samsung Electronicsが、AI(人工知能)半導体の核心部品であるHBM(広帯域幅メモリ)の技術競争において、極めて攻撃的な勝負に出た。
ZDNet Koreaの情報によると、Samsung Electronicsは次世代「カスタムHBM」のロジックダイ(ベースダイ)の製造において、最先端の2ナノメートル(nm)ファウンドリプロセスの採用に向けた設計に着手したという。これは、現在市場をリードするSK hynixとTSMCの連合軍に対し、自社の「メモリ・システムLSI・ファウンドリ」を垂直統合したIDM(垂直統合型デバイスメーカー)としての強みを最大限に活かした逆転攻勢の狼煙だ。
本稿では、なぜメモリメーカーであるSamsungが「2nm」という超微細プロセスをメモリの一部に導入するのか、その技術的必然性と、AI半導体市場に与える影響について見ていきたい。
HBMにおける「ロジックダイ」の革命的変化
このニュースの本質を理解するためには、HBMというデバイスの構造的変化を理解する必要がある。これまでのHBMは、単にデータを記憶するDRAMチップを積層し、最下層に「バッファ」としての役割を持つベースダイを配置する構造だった。しかし、AIモデルの巨大化に伴い、このベースダイの役割が劇的に変化している。
「単なる土台」から「演算の頭脳」へ
従来、HBMの最下層にあるベースダイ(ロジックダイ)は、積層されたDRAMとGPU間の通信制御を行う黒子に過ぎなかった。そのため、製造プロセスもDRAM製造ラインの流用や、比較的古いレガシープロセスで十分であった。
しかし、次世代規格である「HBM4(第6世代)」以降、この常識が覆る。HBM4からは、ベースダイがGPUなどのホストプロセッサと直接連携し、一部の演算機能や高度な電力制御を担うようになる。つまり、メモリの一部がプロセッサ化(ロジック化)するのである。

ZDNet Koreaの報道によれば、Samsung Electronicsは今年(2026年)量産予定のHBM4において、すでに4nmプロセスを採用している。そして今回明らかになったのは、それに続くHBM4E(第7世代、2027年頃予想)やハイエンドなカスタム仕様において、2nmプロセスを導入する計画だ。
なぜ「2nm」が必要なのか:熱と密度の物理的限界
メモリに2nmという最先端ロジックプロセスを適用する理由は、主に「電力効率(ワットパフォーマンス)」と「機能密度」にある。
- 熱問題の解決: HBMの積層数は8層、12層から、HBM4世代では16層へと増加する。帯域幅が広がるほど消費電力と発熱は増大し、サーマルスロットリング(熱による性能低下)がAIアクセラレータのボトルネックとなる。2nmプロセスは4nmと比較して、同一性能での消費電力を大幅に削減できるため、HBMの発熱を根本から抑え込むことが可能になる。
- トランジスタ密度の向上: カスタムHBMでは、顧客(NVIDIAやGoogleなど)の要望に応じて、特定用途のIP(知的財産)ブロックをロジックダイに組み込む「インテリジェントメモリ」化が進む。限られたダイサイズに高度な機能を詰め込むには、超微細化が不可欠となる。
Samsung vs SK hynix・TSMC連合:プロセスノード戦争の構図
今回のSamsungの動きは、競合であるSK hynixに対する明確な差別化戦略と言える。
SK hynixの戦略:TSMCとの「最強タッグ」
現在HBM市場で首位を走るSK hynixは、HBM4のベースダイ製造において、ファウンドリ最大手のTSMCと協業している。報道によると、SK hynixはTSMCの12nmプロセス(一部高性能版で5nmの可能性も示唆されるが、主流はコストと歩留まりのバランス重視)を採用するとされている。
SK hynixの強みは、TSMCの「CoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)」パッケージング技術との完璧な適合性にある。NVIDIA等のGPUメーカーがTSMCのパッケージングを標準採用している以上、そこに乗せるHBMもTSMCプロセスで作られたベースダイの方が親和性が高いという判断だ。
Samsungの戦略:圧倒的微細化による「性能突破」
対するSamsungは、自社内にファウンドリ部門を持つ強みを活かし、プロセスノードの世代を一気に進める「スペック先行」戦略をとる。
- SK hynix: 12nm(TSMC製)
- Samsung: 4nm(自社製) → 2nm(自社製)
Samsungは、競合が12nm世代に留まる間に、4nm、そして2nmへと微細化を進めることで、「電力効率」と「帯域幅あたりの消費エネルギー」において数値上の圧倒的優位を確立しようとしている。これは、消費電力が運用コストに直結するハイパースケーラー(AWS, Google, Microsoft)や、絶対性能を追求するNVIDIAにとって、無視できない提案となる。
「カスタムHBM」が切り開く新たなビジネスモデル
Samsung Electronicsが2nmロジックダイの開発主体として、システムLSI事業部内に「カスタムSoCチーム」を新設した動きは、HBMビジネスが「汎用品の売り切り」から「共同開発型ソリューション」へ変質したことを示している。
ターゲットは巨大テック企業
報道では、Samsungがターゲットとする顧客として以下の企業名が挙げられている。
- NVIDIA: 次世代GPU(Rubinアーキテクチャ以降)での採用。
- AMD: MIシリーズでの対抗軸。
- Broadcom / Google: TPUなどのカスタムAIチップ。
- AWS / OpenAI: 自社開発シリコンへの統合。
これらの企業は、汎用のHBMではなく、自社のチップセットに最適化された「カスタムHBM」を求めている。例えば、特定のAI推論処理をHBM側でオフロード(肩代わり)させたり、独自の通信プロトコルをハードウェアレベルで実装したりといった要求だ。これに応えるには、メモリメーカーではなく、ロジック設計のノウハウを持つパートナーが必要となる。
Samsungは「メモリも作れるし、ロジック設計もでき、最先端の2nmラインも持っている」という、世界で唯一のターンキー(一括請負)ソリューションを提供できる立場にある。
今後のロードマップと技術的課題
HBM4Eとハイブリッドボンディング
2nmロジックダイが本格的に採用されるのは、2027年以降に登場する「HBM4E(第7世代HBM)」となる公算が高い。この世代では、DRAMチップとロジックダイの接続技術も、従来のマイクロバンプから、銅と銅を直接接合する「ハイブリッドボンディング」へと移行する。
ハイブリッドボンディングは、配線ピッチを極限まで狭めることができるため、2nmプロセスで高密度化されたロジックダイのI/O(入出力)数を最大限に活かすことができる。Samsungはこの「2nmロジック + ハイブリッドボンディング」の組み合わせで、帯域幅と電力効率のケタ違いの向上を狙っている。
Samsungの課題:歩留まりと発熱制御
しかし、この戦略にはリスクもある。Samsung Foundryの最先端プロセス(特に3nm GAA以降)は、歩留まりの安定化に苦戦してきた経緯がある。HBMのような高価な部品において、ロジックダイの歩留まり低迷は致命的なコスト増につながる。
また、2nmプロセスはトランジスタ密度が高い分、局所的な熱密度(ホットスポット)が発生しやすい。HBMは熱に弱いDRAMセルの直下にロジックダイを配置するため、ロジックダイの発熱がDRAMのデータ保持特性に悪影響を与えるリスクがある。2nm設計において、いかに放熱設計を最適化できるかが成功の鍵を握るだろう。
AIインフラの覇権を左右する「プロセスノード」の逆転劇
今回の報道は、単なる「Samsungが新技術を開発中」というニュースではない。AI半導体の性能向上が、GPUの演算能力だけでなく、メモリのロジックプロセスに依存し始めたという、業界の構造変化を象徴したものだ。
Samsung Electronicsの「HBMロジックダイへの2nm投入」は、シェアを奪われたSK hynixに対する起死回生の一手であり、同時に「メモリとロジックの融合」を加速させる触媒となる。もしSamsungが2nmのHBMロジックダイを安定量産し、その圧倒的な電力効率を実証できれば、2027年以降のAIデータセンターの勢力図は、再び大きく塗り替えられる可能性がある。
我々ユーザーの目に見えるのは「AIの回答速度が上がった」「サービスが高度化した」という結果だけだが、その裏側では、ナノメートル単位のシリコン上の陣取り合戦が、かつてない激しさで繰り広げられているのだ。
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